命をつなぐ 小柳金太郎さん 桜皮細工

 秋田県角館。 昔ながらの質素な家は車では見逃してしまいそうなほど。その中に仕切られた、小柳さんの仕事場がありました。中はうす暗く、 窓から見える桜の老木の根元は対照的に力強く、上に広がる枝葉の緑を感じさせるようでした。 鉄瓶にお湯が沸いているのは にかわをあたためるためです。 何度訪れてもその光景は変わりません。小柳さんは、 桜皮の技を惜しみなく人に伝えました。 桜皮細工の第一人者といっても過言ではない方。 桜皮を細くきれいにするよりは、 自然の力がよく見えるように、 魅力を最大限に生かしてやりたい といいます。


イチゴ離れ

 東北の山桜は本当に控えめで美しい。北の春は、木の芽、新芽が吹くのも、山桜の花が咲くのも、重なるようにして春を告げます。山々にぽつぽつと色づく桜のもも色が、私はとても好き。ですがゆずりはを始めて聞もないころの私は、桜皮細工がどうしても好きになれませんでした。そんなとき、小柳さんのもとで習った菅原政光さんに素敵な話を伺いました。桜皮をはぐのは7月初め、そのころ山には野イチゴが実ります。材料を採りに山に入った仲聞と野イチゴを摘み舌鼓を打っていると、背中のほうでゴソゴソと物音が。振り返ると、親子の熊がすぐそばまで近寄っていて::・。野イチゴの季節は、熊の親子の子離れの季節でもあるのです。子能…が夢中で野イチゴを食べているうちに親熊がそっと姿を消す。子熊がふとわれに返り周りを見回すとそこにいたはずの親熊の姿はありません。子どもはあわて、探すでしょう。でも親は見つからない。そして、ひとりで生きていかねばならないことを知るのです。親の身になればどれほど後ろ髪を引かれることか。でも心を鬼にして背中を向けねばなりません。涙をこらえ振り返ら、ず姿を消す:::。切ない別れ。材料を採りに行く岩手の集落ではそのことを指して「イチゴ離れ」と呼ぶそうです。子の背を見ながら 子ども の知らぬうちにそこを立ち去る親の思い、親がいなくなったとき独り立ちせねばならないことを知る子の気持ち。人も同じです。




一通の手紙

 小柳さんは「風倒木が好きだ」といいました。子ともを育て、自分の命を捨てていく、次に続く世代に生命を譲って倒れていくそしてさまざまな命を抱き朽ちていくから、だと。そこには森の命のつながり、があります。自然を相手に産化はありえない、ともいいました。何度目か訪れたとき、帰り際、私に一通の手紙を渡してくれました。

「風に吹かれて老いていく。
  風評に耳を傾けつつ、沸くがごとく働けと願う・・・」

 車で約4時間の道のりを越え、深夜家に着き読んだ手紙に涙がこぼれました。当時彼は位歳、なぜこれほど精力的に仕事に向き合うのか、と。作り手は技を披露しない人もいるなか、これ、ほど惜しみなく人に伝え、教え続けてきたのか。彼は若いころシベリアに抑留されていた経験がありました。究極の状態になれば、人も動物になるものだといっていました。その声は、シベリアで一度は死んだ、と思っているように聞こえました。

「ずっと長い間生きていればわかる。
 本物はいつかわかってもらえる日がくる。
 あなたのしている仕事はとても大切なことだ」

 長い人生の中で世の中には波があることを感じ取り、」の先のことに願いと確信を込めた言葉に、静かな勇気をいただきました。光栄でした。うれしかった。昨年暮れ、作品を見せていただきたいと思い久しぶりにご連絡したところ、「うちのお父さん、はあ、仕事できなくなっている」と奥さまから聞かされました。体調を崩し、床についている様子。前回伺ったとき、窓の外の桜の木がなくなっていたことを急に思い出しました。どうかもう一度仕事場でお会いしたい。お元気になってお会いしたい。強くお祈りしています。