夢中になって生きる 菅原春雄さん 籠作り

 私が出会ったとき、菅原さんは84歳だったと思います。牛乳瓶の底のような黒緑眼鏡の下から」ぼれる笑顔が印象的で、ずっと心に残っています。背を丸め少し前かがみの姿勢で、ポロボロのビニールレザーのンヨルダーバッグを持ちゆずりはに現れたこともありました。なんだかおちゃめで、“ハルオさん”とと親しく呼ばせていただいています。


盛岡!?

 春雄さんは岩手の衣川町を早朝発ち、パスを乗り継いでようやくゆずりはに到着しました。東北は交通機関が限られ、車がなければ本当に移動が大変。時間もかかり、体も相当疲れただろうと思います。たまたまホテルの部屋が空いていたので、春雄さんをご招待し、部屋までお供しました。いろいろなお話をしました。ひと息ついたころご自宅に電話をかけるというので、春雄さんに電話を渡すと「オラ、今盛岡にいるから、今日、こっちさ泊まってぐ」。今、なんといいました。盛岡?、どうやら家の人に十和田に来ているのは内緒のようです。あとで聞いた話によると、あちこち歩き回るので、娘さん夫婦にきつく注意されていたようです。85歳を過ぎても、思いついたらさっと東京にも、十和田にも、全一閏どこまでも行ってしまう。そう、いつものシヨルダーバッグを持って。


えっ!? 風呂?

 電話を終えゆかたに着替えるのを手伝うと、部屋の湯船に湯を張ってほしいと頼まれました。一瞬、そこまでするの?と思いましたが、半分ほど湯がたまったころ春雄さんは「下の売屈にある鑑、持ってきて」。えっ?思わず聞き返しました。ホテル売庖のショーケースに飾ってある彼の龍をここへ持ってきてほしい、というのです。龍を持ってくると、春雄さんは黙ったまま龍をバスタブに沈めました。お風目に入るのは春雄さんでなく、春雄さんの龍。初分ほどつけたでしょうか。ざーっと取り出した龍は、水分をいっぱいに吸ってかなり重くなっています。春雄さんは余分な水分を取るため、能をパンパンとたたきました。今度は「古い新聞紙を持ってきて」。乾き型崩れしないように、新聞紙を丸め、丁寧にぬれた箆の中に詰めていきました。その手は、自分の赤ん坊の世話をしているように見えました。ぬれた龍はあたかも梅雨時の雨上がりの木のようでくるみの能が生き返ったみたい。そして、風通しのいい出窓に置くよう手渡されました。湖を背に、少し木陰になった窓際に新聞紙を敷き、そこに置く。ゆるやかな風に吹かれ、春雄さんの龍は本当に気持ちよさそう。「ほれー、さつばりしたベよ」。春雄さんが龍に声をかけました。龍は生き生きして見えました。春雄さんはショーケースの中の自分の龍を見つけライトに照らされ乾燥してしまった龍がかわいそうでいたたまれなかったのでした。自然素材でできた能はみな強い乾燥や湿気を嫌います。長く愛用するためには忘れてはいけない能への配慮、使う人に渡す前に私自身がせねばならないことを怠ってしまいました。ゆずりはを信頼して作 ってくれた官原さんに本当に申し訳ない 。心づかいを忘れてしまってごめんなさい。ホテルに泊まっていただきどんなおもてなしをしても補うことができない気持ちでした。






真筆な心

 春雄さんが初めて山に入ったのは5歳のときだったといいます。山とともに暮らし、育った春雄さんにとって、山は生活そのものだったに違いありません。山のさまざまな木の皮やつるで龍を編み始めたのは初年ほど前からだそうです。夕食をとりながらの話は、ほとんどが山とデザインや作り方を勉強するために訪れた土地での話でした。目の前にいる春雄さんはまるで少年のよう。好奇心と探究心、行動力、学ぽうとする心意気そしてうらやましいほどの純粋さであふれでいました。彼の作品の特異な点は、男ものの手さげの持ち手にありました。それは彼の特許のようなもので、くるみの特質を生かしたアイデアと技がとても現代的。」れを作ることができる人は、今も春雄さんと娘さんのアサ子さんしかいません。


籠を編む神様

 そんな春雄さんも4年前の暮れに亡くなりました。舛歳。アサ子さんは電話で「本当に自然にいったの。静かに。その少し前まで龍を編んでたんだもの。いい死に方だったと思ってる」と。あんなに簡を作ることに夢中だった春雄さんを神様はそのまま連れていったのでしょうか。いや“龍を編む神様”とずっと一緒にいるのかもしれません、今も昔も。ある日アサ子さんが1本のビデオテープを送ってくれました。春雄さんが山で材料を採っている様子が収められていました。声のないビデオ。春雄さんはよく「十和田はいいぶどう皮がある。採りに行きたい」といっていました。木をひっかき木を切り、皮を削る。90歳を過ぎたとは思えない春雄さんが作業着と帽子を身につけ、少し腰を曲げながら見上げる顔は、山と一体になってこく自然なのです。淡々と流れていく春雄さんの映像に涙がボロボロとこぼれました。こたつのある春雄さんの作業場、私が家を訪ねたときと同じ牛乳瓶の底のような眼鏡の向こうにほころぶ笑顔。春雄さんが明日にも十和田に訪ねてきそう。こんなに涙が止まらないのは、春雄さんに何かを教わったからでしょうか。大切な何か:::夢中に生きる幸せでしょうか。